2025年1月31日 林 紘一郎

 11月の講演会では、外部講師ではなく林理事長が自ら、「通信の秘密とサイバーセキュリティに関連する条文とガイドラインの解説」と題して、能動的サイバー防御と不可分とされる「通信の秘密」関連法をかみ砕いて説明されました。理事長は、「通信の秘密」が企業倫理の中心をなす通信ビジネスに30年余も従事され、その後学界に転じてからも20年余にわたって「インターネットと通信の秘密」の研究を続けられたので、このテーマを語るにふさわしい方です。

 発表は4部からなり、まず第1部では基本的人権を定める憲法や、情報の秘密漏示には刑法も適用されるなど幅広い含意をもっていること、有線電気通信法・電波法・電気通信事業法等の業法における規定は郵便法がモデルになっていること、基幹ネットワークがインターネットに移ったことで「通信内容に手を触れない」ことを厳命されてきた通信事業者にも、「送信防止措置」などの介入が求められるようになったこと、その精神はコンピュータ通信についても適用されること等々について、基本的理解を共有しました。
 そして第2部として、通信の秘密がプライバシーの保護の観点から大切な原則であることは疑いないものの、例外的に「公共の福祉」の観点から制限される場合があり得ること、そのためには正当な根拠があり、民主的な人権保障手続きを踏む必要があることなどを議論しました。なお、この制限には名誉毀損など表現の内容に関する場合と、サイバーセキュリティなど情報通信システムに関する場合がありますが、この両者は性格が異なるので切り分けて論ずる必要があり、この講演では後者だけを扱うことが明言されました。

 こうした一般論を踏まえた第3部では、「通信の秘密」に関する解釈と運用の実態が紹介されました。そこではわが国の法解釈が他の先進諸国に比べても厳格であること、特に「通信の内容」だけでなく、通信を制御する情報などの「通信の構成要素」についても、同等の保護レベルを求めている点でユニークである点が紹介されました。このことはわが国にforeign intelligenceの仕組みが整備されていないこととパラレルですが、この点は他の講師による講演内容と符合するものでした。またICT技術の発展は急速なので、法律に直接根拠を持つ規律は少なく、業界のガイドラインによる運用が常態化している点が指摘されました。これは解釈の弾力性をもたらすと同時に、法律に拠る担保を弱める面を併せ持つので、できれば早期に法制化することが望ましいというのが、講演者の意見でした。

 最後の第4部では、講演者が既に公表されている論文のうち、能動的サイバー防御の概念に近いものが紹介されました。残念ながら講演の時点では能動的サイバー防御に関する法案の条文は明らかになっていなかったので、両者を細部まで比較対照することはできませんでしたが、その後の立法作業を見ると、講演者のアイディアに近い法律が仕上がっていくように感じられました。